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巣鴨地蔵通商店街から歩いて行ける!名奉行 遠山金四郎が眠る本妙寺墓地へ行ってみました。

JR巣鴨駅から巣鴨地蔵通り商店街の途中を右に曲がりますと、

その先には文豪や著名な人々が眠る有名な墓地がいくつかあります。

都会の真ん中に、とっても静かな広い空間がありました。

名奉行のお墓がある「徳栄山 惣持院本妙寺」さんに参拝

とげ抜き地蔵から徒歩で10分もかからずに本妙寺に行くことができます。

こちらには、TVドラマでおなじみの遠山金四郎こと「遠山 左衛門尉影元」のお墓があります。

住宅街のなかを行きますと、お寺の山門が見えてきます。

住宅街のなかなのでとても静かな場所です。

山門の脇には、遠山金四郎影元の墓の案内板がありますよ。

山門を入ると、右手に墓地の案内板があります。

とても分かり易いので、初めてでも迷いませんでした。

本堂も立派です。

ご本尊にご挨拶させていただきました。

この本堂の裏手には、江戸時代に多くの街並みが焼け、多くの人が亡くなった明暦の大火の供養塔があります。

左側には、安政の大地震の供養塔もあります。

名奉行 遠山金四郎のお墓

墓石は、自然な岩をそのまま加工せずに立てたような威厳のある形です。

江戸後期の人で、北町奉行・大目付・南町奉行を務めました。

時代劇では正義の味方でしたよね。

本名は、遠山左衛門尉影元でした。

63歳で亡くなったといわれています。

江戸時代の平均寿命は32~44歳といわれていますので長生きなさったんですね。

千葉周作のお墓

千葉周作と言えば「北辰一刀流」の創始者ですよね。

この方も遠山金四郎と同じ江戸後期に生きていた人です。

千葉周作は漫画の赤胴鈴之助のモデルになったといわれる人です。

剣聖と言われた剣の達人らしく凛とした墓石です。

墓石には「月に星」の家紋が入っていますね。

斜め左に向いた三日月に一つ星のデザインです。

剣豪らしいお墓です。

将棋の棋聖(きせい) 天野宗歩(あまの そうほ)のお墓

江戸末期に将棋の世界で棋聖と呼ばれた将棋の達人です。

今も「天野宗歩 手合集」内藤国雄(著)というような天野宗歩に関する本が出ているのは、すごい挿し手だった証拠ですね。

江戸末期の人ですが、墓石は将棋のコマの形をしています。

江戸時代の人にしては「なんとモダンな墓石!!」だと感激しました。

久世大和守歴代の墓所

墓地の右側に入りますと、下総国関宿藩主であった久世大和守の歴代のお墓があります。

久世家は徳川家に仕え、初代・2台目・4代目・7代目は老中の要職を務めたすごいお家柄なんです。

江戸時代(寛永)の火事で本妙寺が焼けてしまった時も、久世家が復興の後押しをしたと本妙寺のホームページに書かれています。

この墓地には初代から七代までのお墓があります。

本妙寺さんは、境内のお手入れが行き届いていて清々しい気持ちで史跡を拝見することができました。

こちらを見学することにより、江戸時代の街並みと大火について手持ちの本を再読しました。

火事に強い江戸の街づくりは、こうした大火の経験を活かして街並みが整ってきたんですね。

本妙寺さん、参拝させていただきありがとうございました。

 

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